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Text by Eiji Kobayashi

“カメラを持たない写真家”
トーマス・ルフの魅力に迫る

時代とともに変容する写真の概念に呼応しつつ、新たな表現の可能性を拡張し続けている
トーマル・ルフの展覧会が東京国立近代美術館で開催されている。
写真家としてキャリアをスタートさせた彼が、なぜアーティストとして現在評価されているのか?
初期から最近の作品までの変遷を辿りながら、その秘密を考察する。

トーマス・ルフ 《Substrat 31 III》 2007年 186×268cm

巨大なポートレートは何を伝える?

展示室に入ると、巨大な写真が並んでいる光景にまず圧倒される。トーマス・ルフが注目されるきっかけとなった〈Porträts(ポートレート)〉は、真正面からバストアップで撮影した友人たちのポートレートを、210×165cmという巨大なサイズに引き伸ばしたシリーズだ。そう聞くと、ありふれた人物写真を拡大しただけのように思えるが、実際に作品と向かい合うと、同じイメージでも証明写真のように小さなサイズで見るときとはまったく違った印象を受けることがわかる。まず、写っている顔が実物(=鑑賞者)より大きいので、写っている人物を見るというより、「見られている」ような感覚になる。無表情な分だけ不気味であるし、血の通った人間というより即物的なモノとして感じられてもくる。ただサイズが大きくなっただけなのに、この変化は何だろう。そもそも写真は見る人に何を伝えているのだろうか。さまざまな疑問が浮かんでくる。

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トーマス・ルフ 《Porträt (P. Stadtbäumer)》 1998年  210×165cm

トーマス・ルフは1958年生まれのドイツ人アーティスト。ヨーゼフ・ボイスらが教鞭をとったことでも知られるデュッセルドルフ芸術アカデミーで、ベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻に写真を学んだ。ベッヒャー夫妻は、給水塔や溶鉱炉といった産業施設を即物的でフラットなフォーマットで撮影し、同じモチーフごとにグリッド状に配置することで、時代や社会の背後にある力学を浮かび上がらせる「タイポロジー(類型学)」という表現手法を生み出した人物だ。〈Porträts(ポートレイト)〉や集合住宅を撮影した〈Häuser(ハウス)〉など、ルフ作品の初期シリーズにも、ベッヒャーの影響が色濃く感じられる。彼らに学んだルフやアンドレアス・グルスキー、トーマス・シュトゥルート、カンディダ・ヘーファーといった門下生たちは「ベッヒャー派」と称され、明確なコンセプトに基づく作品制作と巨大なカラープリントというフォーマットの採用によって1990年代に台頭し、以降の現代写真の流れをリードする存在となった。

インターネット上の画像や宇宙探査機の写真から生み出す作品

トーマス・ルフのキャリアで特筆すべきことは、20世紀の終わりに起こった写真のデジタル化がもたらす写真概念の変化と、それにともなう人々のビジュアルイメージの受容と消費にいち早く呼応し、写真というメディアに対する批評的な問いかけや表現の探求に絶えず挑戦してきたことだ。1990年代末からは、インターネット上に無数にあるポルノ画像を使用して制作した〈nudes(ヌード)〉や、日本のマンガやアニメから色彩を抽出しデジタル加工を施した〈Substrate(基層)〉といったシリーズを展開。いずれも元のイメージが持っていたコンテクストを転倒させ、美術史的な引用もうかがわせる美しさを湛える作品となっている。しかし、ネットで入手した画像をコンピューターでマニピュレートして生み出されたそれらのイメージは、明確な作者によって筆で描かれた近代絵画やアートと同列に扱ってよいのだろうかという疑問も浮かび上がらせる。

写真がパソコンやスマホで見られるようになったとき、その画像を構成するのは当然ながらデジタルデータである。2000年代の〈jpeg〉シリーズは、文字通り低解像度に圧縮されたjpegデータを約2メートルのスケールに拡大した作品だ。引き伸ばした分だけ画像の粗さが目立ち、ディテールはモザイク状になっているため、作品に近づけば近づくほどイメージはぼやけ、逆に遠ざかるほどはっきりとした像を結ぶようになっている。解像度とは何を意味するのか、作品を成立させる条件とは何なのか。これもまたさまざまな問いを生む。

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トーマス・ルフ 《jpeg ny01》 2004年 256×188cm

展覧会の公式サイトに掲載されたインタビューによれば、ルフが作品制作のために自らカメラのシャッターを押したのは2003年が最後だという。〈cassini(カッシーニ)〉や〈ma.r.s.〉といったシリーズは、土星や火星の宇宙探査機に取りつけられた衛星カメラが自動的に撮影し、地上に送られてくる画像データを素材にして、デジタル処理で加工して作られている。そこでは、シャッターを押すのは人間ですらない。火星の表面をとらえた〈ma.r.s.〉の巨大に引き伸ばされたプリントに対峙すると、最後のフロンティアである宇宙に一人たたずんで、目の前の無垢な風景を眺めているような不思議な感慨を抱くのと同時に、すべてが「嘘/フィクション」のようにも感じられる。

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トーマス・ルフ 《ma.r.s. 19》 2011年 255×185cm

イメージと認識をめぐる絶えざる問いかけ

一方で、ルフの2010年代の近作では、アナログ時代の古典的な写真の技法やプロセスを、最新のデジタル技術を駆使して再現・更新しようとする試みがうかがえる。〈negatives(ネガティヴ)〉は、かつての写真がプリントを複製する際の原版として使用したネガを、デジタル処理によってオリジナルのイメージとして再現することを狙った作品だ。遺された過去のモノクロプリントをデータ化して反転し、青色の階調をもつネガ画面へと変換することにより、独特の世界観を生み出すことに成功している。〈Photogram(フォトグラム)〉は、カメラを使わずに感光紙上に物体を置いて直接露光してイメージを定着させるという、1920年代に普及したフォトグラムの技法をデジタル技術によって再現している。この作品では、その技法を現代的にアレンジすべく、コンピューター上にヴァーチャルな「暗室」を構築し、その中で自在に像を生み出し、誰も見たことのないイメージを作り上げている。 従来の技法ではモノクロで1枚ずつしか作れなかったものを、カラーでかつ複製可能なものとしてアップデートしているのだ。

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トーマス・ルフ 《phg.12》 2015年 185×310cm

その他の作品も含めて、今回の展覧会では、ルフの最初期から最新作まで全18シリーズが揃う日本では初めての本格的な回顧展となっている。通観して見ることで、個々の作品だけでは理解するのが難しかったルフがもつ「写真というメディア」に対する問題意識や批評性、写真家から出発してアーティストへと成長していった軌跡がよくわかる。ルフ自身、マルセル・デュシャンから多くの影響を受けたと語っていることからもわかるように、非常にコンセプチュアルではあるが、イメージや認識について考察する上での新たな視点を与えてくれる重要な展示といえるだろう。

すべて、©Thomas Ruff VG Bild-Kunst, Bonn 2016

※作品画像の転載・コピーは禁止です。

■トーマス・ルフ展

【東京会場】

会期:2016年8月30日(火)〜11月13日(日) 休館日:月曜 ※10月10日は開館、10月11日(火)は休館。 開館時間:午前10時〜午後5時(毎週金曜日は午後8時まで)

*入館は閉館の30分前まで 会場:東京国立近代美術館(千代田区北の丸公園3-1)

【金沢会場】

会期:2016年12月10日(土)〜2017年3月12日(日) 休館日:月曜 ※1月2日、1月9日は開館し、1月10日(火)は休館。12月29日〜1月1日休館。 開館時間:午前10時-午後6時(毎週金・土曜日は午後8時まで)

*入館は閉館の30分前まで 会場:金沢21世紀美術館(金沢市広坂1-2-1)

トーマス・ルフ展 特設ページ

http://thomasruff.jp/

小林英治(こばやし・えいじ)

1974年生まれ。フリーランスの編集者・ライター。カルチャー誌やWeb媒体で映画、アート、演劇、音楽、文学など様々な分野でインタビューを行う他、下北沢の書店B&Bのトークイベント企画も行なう。編集を手がけた書籍にOpen Reel Ensemble『回典』(学研)、若木信吾写真集『Come&Go』(光村推古書院)、『介護男子スタディーズ』(介護男子スタディーズプロジェクト)など。友人の編集者とデザイナーの3人でリトルマガジン『なnD』を不定期で発行。

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