2026.6.3
人文知を応用した参加型リサーチによって、インサイトの可視化と当事者コミットメントの醸成を目指す
複雑な社会課題の解決には、定量データでは測れない「人々のリアルな行動・関係性・意識」の理解が不可欠であるといえる。 文化人類学の調査手法「エスノグラフィー」を、現場スタッフや市民が実施する「パラ・エスノグラフィー」へ進化させ、 編集者の伴走によって当事者のコミットメントと構造的な課題発見を同時に実現する。
目次
人文知によって、非定量的な課題を可視化する
情報テクノロジー、AIの進展によって「人文知」が注目されている。例えば、アメリカのAIテック企業で哲学専攻者の採用がニュースになるなど、倫理、哲学、歴史、社会学などのビジネスへの応用が注目されている。合理的・効率的な意思決定がコモディティ化していくことが予想される環境のなかで、より複雑な課題解決を行うために、人文知の応用が見直されている背景があると思われる。(※1)
そのオプションの一つとして文化人類学が挙げられる。その手法となるエスノグラフィーとは、「参与観察」などのデータ取得方法を用いて、人々の営みが展開されている現場を理解し、新しい仮説を生み出そうとする調査である。ここで扱う質的データとは、主に言葉によって表現されることであり、数値化できない人の関係性・意識・振る舞いなどを記録するものとなる。(※2)
ビジネスシーンでの活用も一部で進んでいる。調査対象に対して踏み込んだ解釈を与えることによって新たなビジネス機会を創出すべく、街づくり、組織改善、事業開発などにおける質的リサーチへの転用が試みられている。(※2)

エスノグラフィーは構造的、複眼的に「世界を捉え直す」手法
ここで、前述のエスノグラフィーのアプローチ方法である「参与観察」と「インタビュー」を説明する。
「参与観察」とは、現場にある一定期間参与(参加)しながら、ありのままの現場の様子を観察することを通じてデータを収集する技法である。行動や生活習慣など、あるサイクル・構造を把握し、継続する課題や変容の兆候を見出す。また、表情や仕草、アクションなどの非言語情報の質的データ化にも対応できる。(※2)
また、インタビューによる定性調査は、アンケートでは可視化しづらい、より深いインサイトを抽出することを目指す。まだ行動や関係性などのレベルに表出していない意識、価値観、感情などを引き出すことを狙うこととなる。
調査対象者だけではなく、周辺に存在するステークホルダーに対してもインタビューを行うことによって、多角的なアプローチとなる。本人の視点だけではなく、さまざまな立場から調査テーマを捉え、かつ対象者と各ステークホルダーとの関係性の変化を捉えることが可能だ。

スタッフ・市民の調査参加によって施策へのコミットメントを醸成
このエスノグラフィーの派生系に「パラ・エスノグラフィー」がある。専門家である文化人類学者・エスノグラファーが調査するのではなく、例えば非専門家である現場スタッフと共同しながら参与観察・インタビューを実行することである。短期的な研修を通してエスノグラファーを育成し、調査に参加するアプローチとなる。(※3)
純粋な調査業務に加え、市民・現場スタッフがエスノグラファーとして参加することによって、普段交流のない部署・地域・世代との接続機会が生まれることが期待される。同時に、調査を通して課題に触れることによって、施策へのコミットメントを醸成することも狙いの一つになるといえる。
その一方で、非専門家を短期的に調査に参加させ、かつ成果を生み出すことが課題である。そこで編集者の伴走支援は有効な解決オプションになると考えられる。何を調査すべきかを記した観察・インタビューのシート設計、編集者による現場での立ち合いやディレクション、プロジェクトの進行管理、調査データの品質管理など。取材調査のプロの視点から、非専門家のエスノグラファーに支援を行うことが、パラ・エスノグラフィー実現の鍵となる。
編集者の仕事とは、常に「誰かになにかをやってもらう」こと。ライターに原稿を書いてもらう、カメラマンに写真を撮ってもらう…など。これらと同様に、パラ・エスノグラフィーにおける非専門家に向けたサポートについても、今後の編集者の重要なミッションとなるだろう。

インパクト投資、EBPM、組織整備など、社会課題やビジネスへ応用展開
パラ・エスノグラフィーと編集の融合による、ビジネス・社会課題領域への具体的な展開例をここでピックアップする。
例えば、インパクト投資においては、施策によって生まれたアウトカム(変容)の可視化を行い、投資先組織の自走的遂行や評価の実現を目指す。行政のEBPMにおいては、政策評価について市民による参加型調査を支援。定量データだけでは把握できない課題や次フェーズに向けたアクションプランを提言する。
また、組織整備においては新たな施策や制度の浸透を図るうえで、社員参加による調査によるボトムアップ型ムーブメントの醸成を目指す。事業開発・マーケティングにおいては、ユーザーコミュニティを起点としたプロトタイプ開発やプロダクトのアップデートに向けて援用。特に社会課題領域に関する事業と親和性が高いと考えられる。
| 展開領域 | 「パラ・エスノグラフィー×編集」の提供価値 |
| インパクト投資 | 投資先企業の現場スタッフ自身が施策に関連する課題や変容(アウトカム)を自走して発見・可視化する |
| 行政・EBPM | 政策の実施および成果創出に向けて、一方的なアンケート調査ではなく、市民自身が参加型調査員として施策評価や地域課題を多角的に収集・検証する |
| 組織整備・開発 | 新しい制度や理念浸透に向けて、普段交流のない異部署・異世代と「対話」を生む調査プロセスを通じ、自発的なコミットメントを醸成する |
| 新規事業開発 | 顧客コミュニティを共同研究・観察パートナーとし、プロトタイプ開発やプロダクト改修に向けたエビデンスを共創する |
※1:AI時代の雇用「求む!哲学専攻」
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO93068320Y5A201C2MM8000
※2:『ミニエスノグラフィーの教科書――現場の文脈的理解をめざすフィールドワークへの誘い』(ナカニシヤ出版)
※3:〈コモン〉を生み出すパラエスノグラフィ:「ともに書く」ことをめぐるアクチュアル人類学的実践
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasca/2023/0/2023_A03/_pdf
Writer :小島 弘光