RESEARCH Conference2026イベントレポート
「インパクト投資の成果を“パラ・エスノグラフィー”で測るー投資家・当事者・編集者・研究者が織る評価ー」

2026年6月28日(日)、一般社団法人リサーチアソシエーションによって「RESEARCH Conference2026」が開催されました。行政、大手企業、スタートアップなどさまざまな立場の人々がデザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることで、より良いサービスづくりの土壌を育む場です。

今回、弊社の小島弘光は、公益財団法人社会変革推進財団(SIIF)の田立紀子氏、東京大学特任准教授の文化人類学者・早川 公氏と登壇。SIIFのプロジェクトチーム、早川准教授、エクスライトの 三者で共同開発した評価プロジェクトの成果報告を行いました。このレポートでは「インパクト投資の成果を“パラ・エスノグラフィーで測る”ー投資家、当事者、編集者、研究者が織る評価ー」と題した発表の模様をお届けします。

今回発表したのは、文化人類学の「エスノグラフィー」という手法を応用した評価プロジェクトの概要と事例です。SIIF、早川准教授、エクスライトは、2026年1月より当プロジェクトを始動。岡山県西粟倉村における地域活性化をケースとして、独自の手法を用いてインパクト投資の成果を測りました。

数字だけでは見えにくい変化を、どのように捉えるか

田立:インパクト投資の現場では、投資先の事業によって誰にどのような変化が生まれ、社会的・環境的なインパクトにつながっているのかを捉える必要があります。そのため、投資先の事業がどのような社会の在り方を目指し、誰がどのように変化していくのかという道のりをロジックモデルとして整理。そして、測定結果を投資後の伴走や事業改善、次の意思決定に生かすインパクト測定マネジメントを行うことで、目指す変化の実現に近づけていきます。

しかし、社会・地域の変化は、売り上げや利用者数のような数字だけでは捉えきれません。私たちが関わる地域活性化の領域について言えば、地域の共助や人と人との関係性、誰かが新しい役割を持ち始めることなどがその例です。数値化できない変化をどのように捉え、可視化し、位置づけるのか。そのような問題意識を出発点に、私たちは人口約1,270人の村、岡山県西粟倉村で調査を行いました。

変化は現場のふるまい・語り・関係性の質感として現れる

田立:これまでもSIIFは、インパクト投資先である株式会社エーゼログループと協働し、西粟倉村の地域活性化に取り組んできました。取り組みの柱は、「共助コミュニティの形成」および「自然資本を生かした産業づくり」の2つ。これらをつなぐ入り口として「福祉施設ひだまり」に着目しています。この福祉施設は、役場、図書館、教育機関、医療施設が隣り合う場所に位置し、地域の接点が自然に生まれやすい環境にあります。

ひだまりでは、介護施設の利用者を仕事の経験、地域の記憶、得意なことや好きなことを持つ生活者として見ており、彼らの知恵や経験がさまざまなコミュニティ形成や経済活動につながると考えています。ただ、そうした知恵や経験が地域の場と無理なくつながる仕組みは、まだ十分ではありません。利用者と地域の間に、日常的なつながりをどう生み出すかという課題がありました。

私たちは、ロジックモデルで描いた仮説を手がかりに、活動を通じて人や関係性にどのような変化が現れているのかを捉えようとしました。しかし、こうした変化は、利用者数や活動回数のように、すぐに明確な数値として把握できるとは限りません。むしろ、日々の振る舞いや語り、人と人との関わり方の中に少しずつ表出します。そこで、行動・意識・関係性の変化を文脈ごとに捉える手法として、エスノグラフィーを取り入れました。

エスノグラフィーを応用した、現場スタッフを巻き込む調査を展開

早川:エスノグラフィーは文化人類学にルーツを持った調査方法で、現場に一定期間入り込んで、人々の行動、関係性、意識などをありのままに記録します。 アンケートや統計のデータに基づく定量的手法からは捉えにくい、「何が起きているか」を把握する手法と言えます。

核となるのは、「インタビュー」と「参与観察」です。ここで言うインタビューとは、当事者との対話を通じて、生活の記憶や本人が大切にしている価値観を聞き取ること。参与観察は、一定期間現場に入り込み、調査対象者の実際の行動や振る舞い、周囲の方との関係性を記録することです。エスノグラフィーでは、この2つを組み合わせて構造的・複眼的な理解を目指します。

今回の調査では、エスノグラフィーに「パラ(並行して)」を加えた「パラ・エスノグラフィー」という手法を採用しました。研究者や専門家だけで調査を担うのではなく、専門家が並走しつつ、当事者主体のリサーチを行ったのです。

「パラ・エスノグラフィー」の特性は2つあります。1つは、外部専門家一人の視点だけでは得られない、複数の当事者の視点からのインサイトを得られること。もう1つは、当事者が調査そのものによって自分たちの営みを理解し直し、課題を「自分ごと化」してコミットメントを醸成できることです。

施策の前後を比較する差分分析と、編集者による伴走支援

小島:ここからは、実際の事例についてお話しします。今回の調査で試験的な施策として選んだのは、ひだまりにおける炊き出しイベントです。エスノグラファーとして参加したのは、施設スタッフとマネジメント層の4名。半日の研修を受けたうえで、「初期値計測」「振り返りワークショップ」「アウトカム観察」などの各フェーズに参加していただきました。

今回の調査対象者は、施設の受益者とそのステークホルダーであるご家族、施設スタッフ、周辺施設の職員としました。彼らの変容を明らかにするため、炊き出しイベント前に計測した「初期値」と、イベント後に観察した「アウトカム(変化)」の差分を分析。2回とも同じ施設・人物を対象に観察・インタビューを行い、イベント前後の「行動・意識・関係性の変化」をエスノグラファー自身の言葉で捉えてもらいました。次に集まった質的データから各調査対象者のナラティブを抽出し、AIを用いて差分分析を行いました。

私たち編集者は、非専門家であるエスノグラファーを伴走支援する役割を担いました。具体的に行ったのは、観察・インタビューの記録シートの設計、調査当日の香盤表作成、現場でのディレクション、 AIがアウトプットしたデータの品質管理などです。

編集者は、ライターやカメラマンなど「誰かに何かをやってもらう」職業と言えるでしょう。これまで培ってきた経験とスキルによって、専門家ではない調査主体の方に対して、現場ディレクションやAI活用などを通して、調査の実践を支えることができたのではと思います。

ネクストアクションの明確化に加え、調査者自身の変容を生み出す

田立:今回の調査では「変容の可視化」「エスノグラファ―の変容」「ネクストアクションの明確化」の3つの成果を得ることができました。それぞれ詳しく見ていきましょう。

小島:まず「変容の可視化」について。今回の調査にあたって、変容観測フレームワークを設計し、行動・意識・関係性の3軸で調査対象者の変容を記録・分析。受益者の表情や行動におけるポジティブな変容、スタッフの内的動機の深化、受益者と周辺関係者の方との関係構築の萌芽を確認することができました。

田立:「エスノグラファ―自身の変容」については、3つの次元で起こっています。1つめは、調査を担ったスタッフの意識変化。観察やインタビューを通じて事業への意味づけを再認識し、自主性が育まれました。2つめは、現場との相互作用。若いスタッフが調査者として入ることで、受益者の方々の姿勢も協力的に変化していきました。

早川:そして 3つめは、当事者の変化です。調査・評価を参与観察のアプローチで行うことで、スタッフ自らがイベントを企画するなど、主体的な動きが生まれました。つまり、調査や評価という行為が、システムチェンジを加速させる仕組みとしても機能したと思われます。

小島:続いては「ネクストアクションの明確化」について。KJ法やAI 分析を通して、変化の兆候や構造的課題の把握に加え、アクションプランのアップデートにつなげることができたことは大きな成果でした。

現場の語りからは、変化の兆候を2つ、構造的課題を5つ発見することができました。それらをベースにロジックモデルと接続して「接点の創出」「連携の仕組み化」「外部リソースの導入」「実践知の継承」という4つの方向性を導き出せたことで、次のアクションを明確化できたと思います。

「評価する」ことが「変革する」ことの起点に

田立:パラ・エスノグラフィーの実践によって「評価することが変えることの起点になる」という本質的な価値にたどり着くことができたと考えています。何が動き始めていて、何がまだ動いていないのか。これらが明確になることで、次のアクションが具体的に見えてきます。

小島:一方で、今回の調査では課題も見つかりました。1つは、AIを通した分析アプローチについて。AIによるコーディングは、質的データを大量に処理することには効果的な一方、構造化によって文脈が抜け落ちてしまうことがあります。課題のレベルによって、コーディングのタイミングを使い分ける必要があると感じています。

もう1つは、エスノグラフィーの品質について。今回の実践を通して、個々のエスノグラファーによって観察・記述の質にばらつきが生じることがわかりました。今後は調査アプローチにおけるガイドライン支援をさらに強化しつつ、エスノグラファーの選定基準の明確化などに取り組んでいきたいと考えています。

▼調査体制

企画:
公益財団法人 社会変革推進財団(SIIF)

青柳 光昌
田立 紀子
古林 拓也
笹森 早苗
阿部 竜生

調査設計・実施支援:
株式会社 エクスライト

小島 弘光
上條 弥恵

監修:
アトリエ・アンソロポロジー 合同会社
東京大学 先端科学技術研究センター


早川 公 特任准教授

(写真提供: 公益財団法人社会変革推進財団(SIIF))

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